大判例

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東京地方裁判所 平成8年(ワ)12411号 判決 1998年4月24日

原告

三和信用保証株式会社

右代表者代表取締役

山藤正直

右訴訟代理人弁護士

小沢征行

秋山泰夫

香月裕爾

香川明久

露木琢磨

宮本正行

吉岡浩一

北村康央

被告

阪東和子

右訴訟代理人弁護士

春木英成

廣瀬真利子

右春木訴訟復代理人弁護士

井上謙介

主文

一  被告は、原告に対し、金一三〇〇万円及びこれに対する平成六年一二月一日から支払済みに至るまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  事案の概要及び判決の骨子

被告の先代が訴外三和銀行から金員を借受け、原告がこれを連帯保証し、代位弁済した。そして、原告は、被告が被告先代を単純承認したとみなされる場合であるとして、被告先代の求償債務を被告に対し請求した。

これに対し、被告は、先代についての相続を放棄した旨を主張した。

本判決は、被告が法定単純承認をした場合に該当すると認め、請求を認容した。

第二  当事者の求めた裁判

主文と同旨

第三  当事者の主張

(以下の事実の主張のうち、争いがある事実については、点線を付し、相手方の争いの内容を直後の<>内に読み易さの便宜を考慮して小さな文字で記載した。傍線及び反対主張の記載のない事実は争いがないものである。)

一  原告の請求原因

1  訴外銀行の被告先代に対する貸付

訴外株式会社三和銀行(以下「三和銀行」という。)は、昭和六三年七月六日亡阪東義正(以下「義正」という。)に対し、四億一五〇〇万円を左記の約定で貸し付けた。(以下「本件貸付」という。)。

(一) 利率 年5.5パーセント(年一二月の月割計算)

(二) 損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

(三) 返済方法 昭和六三年八月から昭和六五年(平成二年)七月まで毎月一六日限り、一か月分の利息を支払う。

昭和六五年八月から昭和九三年(平成三〇年)七月まで毎月一六日限り二四二万三四五八円を元利均等返済の方法で支払う。

(四) 特約 義正が三和銀行に対する債務の一つでも支払わないときには、義正は当然に債務全額について期限の利益を失う。

2  保証委託契約

義正は、昭和六三年七月二日本件貸付について原告に対して左記の内容で保証を委託した。

原告が三和銀行に代位弁済をしたときは、義正は、原告に対し、求償債務について原告の代位弁済の日の翌日から支払い済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

<被告の争いの内容―約定日は不知。>

3  原告の三和銀行に対する連帯保証

原告は、昭和六三年七月六日、義正が三和銀行に対して負う本件貸付債務について、三和銀行に連帯保証した(以下「本件連帯保証」という。)。

<被告の争いの内容―不知。>

4  義正の死亡と被告の相続

義正は、平成五年二月一四日に死亡した。義正の相続人には、妻の被告、子の阪東義宗及び矢川幸子があったが、子の両名は相続を放棄した。

被告は、相続放棄をしたが、それより前に相続財産の一部を処分しているので、相続放棄の効力は生ぜず、単純承認をしたとみなされるべきであり、これにより義正の債務を相続した。なお、相続人全員の相続放棄を前提として相続財産管理人が選任されていたが、右被告による相続財産の一部の処分を理由に東京家裁は平成八年一月二六日相続財産管理人選任処分を取り消している。

<被告の争いの内容―相続放棄の効力が認められるべきである。>

5  代位弁済

義正は平成四年一二月一六日分以降の本件貸付債務の支払いをしなかったので、義正ないし相続人である被告は、遅くとも平成六年一一月九日には期限の利益を喪失した。

原告は、平成六年一一月三〇日に本件連帯保証に基づき三和銀行に対して左記の金額を代位弁済した。

(一)  貸付残元金

四億一三二四万〇一九七円

(二)  利息

二三二九万二六二四円

合計

四億三六五三万二八二一円

<被告の争いの内容―不知。>

6  よって、原告は、被告に対し求償金元金四億三六五三万二八二一円の内金一三〇〇万円及びこれに対する代位弁済の日の翌日から支払い済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四  争点についての判断

(争いがないか、一度証拠により認定した事実は、原則としてその旨をことわらない。争いのある事実の認定については、認定に供した主な証拠を事実の末尾に略記する。成立に争いがないか弁論の全趣旨により成立の認められる書証については、その旨の説示を省略する。)

一  保証委託、原告による本件連帯保証契約及び本件連帯保証の履行

義正が三和銀行から本件貸付を受けるに際し、昭和六三年六月二三日に原告に保証を委託し、原告がこれを承諾し、同年七月二日ころ三和銀行との間で本件連帯保証契約を締結した<甲三>。義正が三和銀行に対して平成四年一二月二六日分以降の支払いをしないので、三和銀行は、原告に対して平成六年一一月一五日に支払いを請求し、原告は、同月三〇日に三和銀行に対して四億三六五三万二八二一円を代位弁済した<甲一〇から一二>。

二  法定単純承認の成否

1  株主権の行使

(一) 被告のラ・フロール取締役への就任

義正は生前ラ・フロール株式会社(以下「ラ・フロール」あるいは「会社」という。)を経営していた<乙二五の一から三頁>が、被告は、相続開始後の平成五年三月二五日頃にラ・フロールの取締役に選任された<乙六>。

(二) 取締役就任における遺産としての株主権の行使

原告は、(一)の被告の取締役就任を理由に被告が義正の相続について単純承認をしたとみなされるべきである旨を主張するので、この点をまず検討する。

なお、原告の右の主張は、相続財産管理人選任処分の取消審判における家庭裁判所の判断<甲八>と同旨のものであるが、家事審判の理由中の判断に後訴が当然に拘束されるという制度的な仕組みがあるわけでもなく、そうすべき特別の理由もないので、当裁判所は、右の拘束を受けない立場から事実上の同一論点について、検討することとする。

ラ・フロールの平成五年三月二五日頃の発行株式総数は四〇〇株で義正が二九〇株、被告及び義正の姉の煕子が各三〇株、子の義宗及び幸子が各一〇株、義正の母の阪東シゲノが三〇株を有していた<被告の自認するところである。―平成八年一〇月一一日付準備書面五丁目表>ところ、会社の取締役を選任するためには発行済株式総数の三分の一の株式数を有する株主の出席する株主総会において決議をすることを要する(商法二五六条の二)から、被告が(一)のとおり取締役に選任されたということは、義正の遺産であるラ・フロールの株式のうち少なくとも二四株(義正以外の株主の保有株式数が一一〇株であるから、四〇〇株の三分の一である一三四株に達するためには、一三四株から一一〇株を控除した二四株が不足しているため。)以上は被告を含む相続人らにおいて使用したと推認せざるを得ない。なお、相続の放棄の申述が受理されたのは、これより後の平成五年一一月一八日である<乙一>。

そして、株主権を行使して取締役を選任するには、行使者において誰を取締役に選任するかという積極的な判断あるいは意思決定をせざるを得ないから、選任に当たり義正保有株(遺産)を行使することは、遺産としてのラ・フロール株式の管理にとどまらず、その積極的な運用という性格を有するというべきである。

(三) 法定単純承認制度の意義

ところで、相続が開始した場合において、相続人が相続財産を相続するかどうかを決定しないといつまでも法律関係が不安定で混乱がもたらされるので、相続をするかどうかについて相続人の意思表示がなくても、その態度だけ(最終的には何もしない場合の処理を含む。)から必ず相続財産の帰趨が明確になるようにしたのが法定単純承認の制度である。その一つの事由が、民法九二一条の「相続財産の処分」である。

したがって、相続財産の管理行為と考えられる限度を超える相続財産の取り扱いは、右「相続財産の処分」に該当するものとして単純承認とみなされることとなると解するべきである。この点は、相続人に単純承認する意思がなくても、また自己の利益を図るためではなく、相続債権者に対する弁済のためであるとしても、同様に解するべきである。

(四) 遺産である株主権の行使と相続財産の処分

(三)を踏まえると、ラ・フロールの取締役の選任に際し義正保有のラ・フロール株を行使するということは、民法九二一条一号の「相続財産の処分」に該当するといわざるを得ない。この点の判断は、被告指摘のように現実にラ・フロールの株主総会を開催して取締役の選任決議をするということがなされず、それ以外の方法で、例えば持ち回りで株主全員の了解を得て、取締役を選任する合意をしたという場合であっても、変わりはないというべきである。

(五) 被告の供述について

被告は、ラ・フロール自体が義正の個人会社という実質を有し、被告自身は会社について何も知らず、株主や取締役にされていただけであり、義正死亡後にも株主総会や取締役会を開催したこともない旨を陳述書に記載している。

しかし、仮にそうであるとしても、そのようなことだけでラ・フロールが会社でないと評価されるわけではなく、被告は会社制度を利用する者としての責任を求められるというべきである。したがって、被告の右主張は失当である。

のみならず、仮に被告の陳述書記載どおりであるとすれば、ラ・フロール自体が法人でなく義正個人の営業資産ということになり、被告のした取締役の選任行為は、義正名義の株式を行使する部分もそうでない株式を行使する部分も、ラ・フロールという形態の義正の個人資産全体を管理する行為の一つということになる。そうすると、右の選任に際して株式の行使という名目でする行為は、義正の資産に変更を加えることを意味するから、(三)の法定単純承認の制度的意義に照らし、「相続財産の処分」に該当する。ちなみに、別に問題となった増資決議も、性質上同様に解するべきである。したがって、それらの行為により、被告は義正の相続について単純承認をしたとみなされると解するべきである。

2  賃料の取り扱い

(一) 義正名義の口座への賃料支払名義人の変更

義正は、中野区松が丘に所有のマンションをラ・フロールに賃貸し、ラ・フロールがこれを入居者に転貸していた。

ところで、被告は、「ラ・フロールに対して訴えを提起してきたリゾートクラブの会員から右転貸料を差し押さえられないようにするために、被告は、入居者からの転貸料の振込先をラ・フロールから被告名義の口座に変更し、それを会社が義正に送金していたのと同様に義正の口座に送金した。」旨を供述する。<乙二五、被告本人調書一五頁>

(二) 遺産としての賃料債権の支払名義人の変更と相続財産の処分

(一)の点についても、単純承認をしたとみなされるべきである旨が原告から主張されているので、この点を検討する。

転貸料の振込先をラ・フロールから被告名義の口座に変更し、また義正名義の口座への賃料の支払名義をラ・フロールから被告に変更することは、入居者とラ・フロールの取締役としての被告との合意及び被告個人と義正の相続人としての被告との合意があれば事実上は可能であろう。

しかし、右のような処理がされると、そのような事情を知らない被告に対する債権者が入居者から被告への転貸料の支払いを差し押さえるといった事態の発生もあり得る。そのようなことからすると、義正の口座への支払名義をラ・フロールから被告に変更するということは、義正の相続財産の管理行為にとどまらず、その積極的な運用という性質を有するというべきである。

被告は、右のようにしたのは、入居者に迷惑をかけずに入居者からの転貸料が義正の口座に確実に入金されるようにするためであり、被告が私的に入金分を流用する等のことはしていない旨を述べている。しかし、そうであるからといって、(一)のとおり義正の相続財産の運用内容が管理にとどまらないものであることに変わりはない。そして、1(三)に照らすと、右のような支払名義の変更も、「相続財産の処分」に該当するといわざるを得ないのである。

そうである以上、賃料の取り扱いの見地からも、被告には法定単純承認に該当する事由があったというべきである。

3  以上の1及び2によれば、被告は、法定単純承認とみなされるような「相続財産の処分」をしたといわざるを得ず、これにより義正の債務を承継したこととなる。

三  結論

よって、原告は、保証債務の履行に伴う求償債権を義正に対して有していたところ、義正が死亡したため、その遺産を法定単純承認した被告に対して右求償債権の支払いを求めることができるというべきである。よって、原告の請求は、理由があるから、これを認容する。訴訟費用の負担については、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官岡光民雄)

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